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118:銘仙


金曜日の夜広島を出て
朝東京に着き、お昼に仙台集合。
(どこかで一泊しないと正午に仙台入りは無理)
それから車で石巻まで被災視察。
1年半経って、集落がなくなった跡地は草が青々と茂りのどかに見えるけど
瓦礫をはじめ復興のためのまちの防災整備の問題が片付かないまま。
一泊二日で、石巻の商店街、大川町、雄勝町を視察。
そのまま私は、石巻線、気仙沼線を乗り継いで気仙沼に着く。
気仙沼線は、柳津駅から先は不通で代行バス。
「○○駅です」のアナウンスに外を見て呆然。
駅がないの。
駅どころか線路もなく、ポツンとプレハブのコンビニが建ってる…!
海の上を走るところもあり、きっと気仙沼線は日本で一番気持ちのいい路線だったのに。
あんな震災がなかったら、わたしはここに足を運ぶことはなかったかもしれない。
でも、震災前にここに来たかった…な。

建物の基礎しか残っていない集落の跡地をいくつも通り抜ける。
もちろん、わずかな地形の差でまったく津波の被害をうけてない町もたくさんあったけど…。

気仙沼駅で「満点スリップたかはし」の女将さんと再会。
たかはしさんの知人がやってる「つなかん」という民宿に案内される。が…、
民宿は大学生のグループが泊まっていて夜中遅くまでうるさいだろうからと
なんと、ご自宅に泊めて下さったのですわ。
(津波で被災した民家だけど、新築以上のお金をかけて修繕した豪邸)
そのお宅は牡蛎の養殖業者さんで、広島の同業者から牡蛎いかだを支援されて
養殖を再開したそうで「広島の人だから」と
ものすごーく手厚くおもてなしして頂きました。
本当に恐縮。

翌日はたかはしさんに気仙沼市内を案内して頂きながら仙台に。
一緒に中村文昭さんの講演を聞き、着物談義に夕方まで。
夜行バスで東京に。

東京着は朝の5時半。
そのまま神田のネットカフェで色々充電しつつ爆睡。
お昼前に浅草橋でお買い物して
午後から月刊アレコレのみやざさんと、10月のワークショップの打合せ。
羽織紐の試作をしてもらい、改善点を洗いだし。
二人で居酒屋でご飯して、夜行バスで広島に。

失った物も多いけど、被災したからこそ得たものも多いっちゃね
と、復興に向かって頑張ってる人たちに悲壮感はなくて
それが印象的な旅でした。

そんな旅のコーデ。
石巻では洋服だったけど、気仙沼~東京~広島は着物。
銘仙け紫の矢鱈縞、帯は波千鳥。
帯締めはカンタービレのオリーブ。

コメント

お疲れ様でした~!

無事お帰りになって良かったです(^_^)v
感慨深い旅だったのでしょうか。
浅草橋で目的のビーズは手に入りました?わ~ん、どんなのがイイかしら?!
来月お会い出来るのを楽しみにしてますね(^o^)/

お疲れ様でした^^

今、ちょうど震災に関する本を読み終えたところで、Mさんのレポを読みながら感慨深く思っております。

東北は震災の前に2回ほど行った事があいますが、いずれまた行かせていただきたいなと思っています。
神戸の時も復興には長くかかりましたし、まだまだできる事をしていかなくては!です^^

しかし、長旅を着物でなさるのには本当に頭が下がります。

私も京都1泊2日ぐらいなら着物でOKですが、それ以上はまだ無理かな~^^;

>Sさん

お会いできなくて残念でした。
やはり東北は遠かったですわ。さすがに今日は疲れてますー。
羽織紐は昨日みやざさんに作ってもらったんだけど
結構時間かかることが判明。
見た目を落とさないようにしながら、少し簡略化を考えます(^-^;
道具の使い方も慣れないと難しいですしね。
試作は少しずつブログにもアップしますので、お気に入りを作って下さいね。

>midoriさん

震災については、直後ではないから生々しさはなかったです。
でも壊れかけた住宅や仮設住宅にはカメラを向けることはできなかったです。
復興に向かって頑張っている人と、生活保護に甘んじて動けないでいる人の…ギャップが…。
人間って本当に蟻とキリギリスに別れるんだなぁ…と思いましたねえ。
復興に時間かかるのは国や行政の対応が後手後手に遅れてるのが大きな原因だと思ってます。
そして、目先の損得しか考えない住民にも問題があるかな…と。

アマゾンの奥地とか探険にいくんじゃないなら着物も洋服もあんまり変わらないような…(^-^;
でも、なにがなんでも何処でも着物とこだわってる訳ではないですよー。

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